■ Liberator-解放者- ■
鹿神 藍
1
夏至の日がすぎた六月の終わりだった。
なんといっても梅雨時の陽気である。
その日もここ連日と同じように相変わらず蒸していた。
小一時間も外にいれば汗だくになるような嫌な陽気は、夜中の午前二時をすぎても変わらなかった。
とはいっても、そこはコンビニだ。スイッチを強に固定されたクーラーはがいんがいんに店内を冷やしていた。
もちろん店長には止められていたんだけど。
いやー、快適快適。涼しいってことはいいことだね。
自分の家では電気料金が気になって臆病になる。だけど、バイト先では気にしない。
気にしなくていいのだ。強気でいけ。店の電気料金なんて知ったことか。
深夜二時のコンビニに客の姿は皆無で、バイトの僕と沢田さんの話し声だけが陽気な歌をセレクトする有線にのって聞こえてた。
夏を代表する著名アーティストの曲で特集が組まれていて、歌を聴いた沢田さんが、もう夏なんだなーと口にする。
僕にいわせれば、彼らの曲を聴くとそういう気分になるのはなぜなんだろう、というのが気になって仕方がない季節なのだけど。
男二人で話していて会話が途切れるのは非情に苦しいので、適当に相づちを打っておいた。朝までは、いつものように会話を引き延ばさなくてはならない。
都心に繋がる駅が近くにあるわけでもない、住宅街からも少し離れた閑静な場所に店はあった。年がら年中閑古鳥が鳴いているような店だ。
こんな時間に来る客なんてめったにないし、発注していた弁当類や菓子類も一時すぎには片付け終わってしまっていた。よーするに二人して暇を持て余していた。
特にすることもなく、そのへんの女子高生と同じくおしゃべりに興じてみる。専門的な会話をしているかと思えば、しごくくだらない話題もある。
それこそ昨日のテレビドラマを見たとか、ニュースとか。
また一緒のシフトに入っている沢田さんも、僕に負けず劣らず暇な人間だからテレビばかり見ているようだった。
僕は二十歳、彼は三十歳。年は違えど同じフリーター同士、意外と馬が合う。
話題は忙しく入れ替わり立ち替わり、そんなこんなで長話は続いていた。
店の前の道路を、珍しく一台の車が抜けていった。この県道はバイパスが出来てからは使われなくなって久しかった。
目につくのは一年中同じ車か近所の連中。たまに配送とか宅配便とかも見かける。
朝方には新聞配達の兄さんがノーヘルで走り去る様子も見れる穴場スポット。
この店の無駄なくらい広い駐車場は、交差点の赤信号を抜けるドライブスルーに半分化していたし、駐車場の端に一台、壊れたままのライトバンが放置されているのも愛嬌である。
目印、マスコットともいう。いわない? じゃ、看板。
お近くのコンビニはオンボロのライトバンが目印となっております。
そうこうしているうちに珍しい客が来たみたいだ。
客は放置されたライトバンの脇に軽トラックを止めた。店から一番遠い街灯もない場所である。よほど混んでいない限りはめったに使われないスペースだ。
「いらっしゃいませー♪」
思わず声に出してはみたものの、俺はすぐに吹き出しそうになって客から目を背けた。
「むふっ」
「堪えてください、耐えてください沢田さん! きっとこれは神様が僕たちにお与えくださった試練に違いありませんよ!」
二人して笑いをこらえるに必死だった。
「信じられない。信じられないよ、森山くーん」
「しっ。笑ったら失礼ですよっ」
コンビニに長年勤めているとよくわかる。そいつが変なやつか否か。
人の世に帰省できていないオタクだったりホモだったり、思わず妙な臭いを感じて奇異の目で見てしまうような連中は世の中には五万といる。溢れかえってる。
それはわかっている。わかってはいるが、あきらかにそれと思わせる客だった。
どっきり? バツゲーム?
あからさまに監視カメラを見上げ、ちゃんと動いてたよな。とか、ビデオ入れ替えたよな。といった心配もしてみる。
だが、僕は思う。あきらかにネタだろう、と。
恐らく四十すぎの男だと思われる客は、でっぱったお腹を重たそうに揺らせて堂々と店に入ってきた。白いポロシャツにベージュ色のチノパン、黒い革靴といった様相。
そこまでは至って普通。
□
だが、男性客は頭にずっぽりと目出し帽……否、茶色い紙袋を被っていた。大=こんな感じに。息苦しいのか目と鼻と口だけは律儀に穴が開けてある。
さらにズボンの後には黒い危険物を不法所持していらっしゃった。
しっかりとベルトで固定してはあるのだが、本人が動くたびに銃把が抜けてくる。抜けてくると今度は、何気なく、いや思いっきり不自然な動きで差し込み直した。
「ふ、不審者がいるよ。通報しなきゃ」
「あれじゃかえって目立ちますよね! 意外と普通に出て行くんじゃないですか?」
レジで話していた僕と沢田さんはひそひそと話しながら、目は自然とその客を追っていた。実際、大爆笑しているのは彼よりは僕の方である。
口元は冷静な笑みを浮かべ、心の中では人知れず指さしてげらげらと声を大にして笑う僕がいる。
男は真っ直ぐレジには来なかった。
僕らと目が合うと、逃げるように生活雑貨の前を通り雑誌売り場に向かう。それからお菓子、カップラーメン、ジュースの入ったウォークインの前と移動した。
それから冷凍食品、弁当と巡る。
ふと、弁当を手にとる客。
「真剣に選んじゃってますよー!」
「どうしよう、無駄に警戒心を煽ってみたい」
「やめてください! きっと彼は引きこもりなんです。ニートなんです。やっと下界に出てこれたんですから、こういうときは遠くから温かく見守ってあげましょう」
ぐっと拳を振り上げ力説する僕。
「むむ、暖かくかね? じゃ、エアコン止めなきゃですわ」
沢田さん、はしゃぎすぎです。なんだか口調がめちゃくちゃですわよ。
「あ、温めてください」
「はい、かしこまりました♪ 四八○円になりまーす」
とりあえず普通に対応してみる。
隣では沢田さんが普通に弁当をレンジに入れていた。
「千円からお預かりしますね、六二○円のお返しです」
普通に金持ってるじゃん。
はっ、もしかして偽札?
違う。手にした札は本物だ。金がないわけじゃないみたい。
――やっぱりネタか?
心の底から沸々と湧き上がってくる疑問に、引きつり始める頬の筋肉を無理矢理おしとどめる。ここで笑ったら負けだ。
「少々お待ち下さいま……せ?」
僕は客の顔、否――紙袋を見た。誰かが見てはダメだと忠告している。
「ぷっ」
ごめんなさい。負けました。至近距離ですよ、卑怯です。
だが、男性客は僕の笑いを気にはしなかった。
なぜなら、彼は左右にがたがたと震える手で背中から銃を引き抜いていた。そしてなぜかへっぴり腰を落として両手で構える。
「かかかかかか、金だ。金を出せ!」
どもりすぎ。
すでに銃口は僕に向られているのか沢田さんに向られているのかわからない。
つーか、タイミング悪すぎです。
やるならもっと真剣に強盗してくれなきゃ、こっちだって恐怖感を演出することができない。
「うちには金田というものはおりませんが?」
冷静に対処しながら様子を伺う。これ鉄則。
「違う、違う! マネー、金だ!」
客はえらくご立腹のご様子。
とりあえず沢田さんに目配せして、どーします? と訴えてみる。
「失礼ですが、よく聞き取れなかったので、もう一度お願いします」
うわ、もののふがいる。強者がいるよ。
難しいこといってないんだから、それぐらい聞き取ってやれよ!
「ぐふっ」
ダメだった。沢田さんも至近距離からの紙袋に吹き出していた。何とか堪えようとして喉の奥から溢れた笑いだった。
「金持ってこいよ! 早くしろよ!」
――チーン。
有線だけが虚しく流れる店内に、レンジの温め終了の鐘が鳴る。
僕とお客は動きが止まる。
しかし、もののふは一味違った。沢田さんはがさごそと弁当用の袋を広げ、割り箸とお手ふきを入れたのだ。
そのとき、間の抜けた声が店内に響いた。
「こんばんわー♪ 里谷署のものですけど、何か異常とかありませんかー?」
警察官登場。頭の中では某有名プロレスラーの入場曲が流れ始める。
僕ら三人は思わず顔を見合わせた。
「出て行けー!」
強盗が吠える。
でも凄んでも紙袋。
「落ち着きなさい。そんなふざけた格好してないで……ぷぷっ」
銃口は自動ドアの前に立つ警察官に向られた。
「うるさいんじゃあ! それと、お前らは動くな!」
再び銃口はこちらに向く。
だが、同時に警察官も動かない。
それどころか彼は携帯無線機のなんらかのボタンを押した。
「浦島交差点の角にあるコンビニエンスストアで強盗事件発生、応援求む。なお、犯人は銃で武装しており、現在、店員二名を人質にとっている」
警察官だけは現状を伝えると、急いで店から逃げた。
僕ら三人を店内に残したまま。
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