■ disorder 秩序破壊者 ■

早稲 実

   エピローグ1 歯車

 宵の青さが暗闇色に変わる頃、ようやく全ての決着がついたようだった。報告を聞く限り、そうなのだろうと王は、何も言わずに頷くしかなかった。
 何もかも、自分の失態なのである。文官の作戦に乗ったのも、補給を受け入れたのも。
「それで、どう致しましょう」
 近衛隊の隊長が訊ねてくる。答えはわかっているのだろうが。けれど、これが正しい姿なのだ。一人の統率者が、どのように力を流していくかを決める。こうでなくてはいけない。誰かが頑張っているからといって、認めて上げようなどと思ってはいけない。一つの歯車が回り過ぎれば、他の歯車までも壊れてしまう。流れを操るのは、一箇所で良い。
「良い。あやつは茫然としていたが、それでもやすやすと包囲を突破したではないか。森狩りなど無為に兵を失う愚作だ。放っておけ」
 隊長の返事は素直なものだった。彼の期待通りの答えだったらしい。
 これで良い。
 損害は大きかったが、復讐心など持たず、ただ黙々と、この国を維持していけば良い。自分の役割りはそれだけだ。それ以外を求めるならば、他の者が遣れば良い。
 新たな英雄でも祭り上げて。
 走り去っていく隊長の背を眺めながら、また、場に不釣合いな豪奢な椅子に背を預けた。
 見上げると、古代史では神が住まうとされている月が引き絞られた弓のようになり、煌々と輝いている。山神などとは違う、人間を創造したという神々の世界が。
 自分も、歯車かもしれない。
 そんな思いが、王の脳裏にふいに過ぎった。
 だとするなら、世界の流れを決めているのは誰なのだ? 神か? いるのか? そのような者が……
 王といえどその疑問の答えは知りようもなかったが、仮に実在するとするならば、それをうち倒すまで人は、歯車であり続けるしかないのだろう。
 決められた仕事をし、不満ばかり吐き出すしかできない歯車で……
 
   エピローグ2 国の外で

 宵の青さが暗闇色に変わる頃、ようやく全ての決着がついたようだった。赤黒いクレオの身体を見る限り、そうなのだろうとレオネは、何も言わずに頷くしかなかった。
 何もかも自分の失態である。彼を一人で行かせたことも、今回の作戦を練ったことも。
「………………」
 轍の後を追いながら森の深部まで入り込み、整備士たちを散開させたところだった。そんなタイミングで、クレオが血塗れの身体をこんなところにまで運んできている。それだけで、レオネは事情の大半を理解した。ようするに彼は全てを失い、自分にももう、帰るところがないということだろう。
「これから、どうするつもりなんだ?」
 クレオの返事は、何もなかった。それでも節目がちに、助言を求めるようにしている。
 そうかも、な。
 あのクレオがこれだけ茫然としている。彼の支えていた何かが折れたということなのだろう。経緯はわからないが、おそらくは、ピジン婦人に見放されたとか。
 レオネは、クレオの横を通り抜けた。
 クレオは慌てたようにこちらの肩を掴んできた。行けば殺される、とでも言ってくれているのだろう。乞食が毛布を掴むような手ではあるが。
「私は、責任を果たさなければならない」
 振り向かなかったが、クレオの動揺が肩から伝わる。そして、囁くような頼りない声で、「なら、俺も」と、クレオが言う。
 少し、笑えた。
「おまえがここにいるのは何でだ? その責任をかなぐり捨てて、落ち延びようとした結果なんだろう? 改心しました、とでも言うつもりなのか?」
 クレオはもう、何も言わなかった。滑り落ちるように、こちらの肩を掴んでいた彼の手が離れていく。レオネは歩き出した。処刑台の待つ母国に。
「悔い改めたりするんじゃない。やると決めたことはやってしまえ」
 期待のしすぎかかもしれない。
 酷、かもしれない。
「そんなん、どうやればいいんだよ! どうすりゃいいんだよ! なぁ、教えてくれよ、レオネール。おまえは天才なんだろ」
 彼の叫び声は、鳴いている子供のようだ。
 レオネは何も言わず、胸の中だけで囁いた。
 英雄になれよ、と。