■ disorder3 共和国の貿易商 一人目 クアー・カット ■

早稲 実

 
     プロローグ

 あー、どっこらしょっと。ったく。上等なソファーだな、この野郎。あ? なんだその目は。ワシがここに残るのが不満か? ったく。貴様の弟の命令で働いてきたんだぞ。労おうって気持ちがないのか、貴様には。
 ったく。これだから贅沢はいかんというのに。ザールス様もよく言っておられた。「楽をしようとすれば、際限がない」とな。だからな、あのお方は、レイマスを代表する貿易商だというにも関わらず、質素倹約を心がけておられた。金をかけるのは仕事だけ。貿易のときの大警備に比べて、家の守りは全てワシ一人に任せておったもんだ。
 それに比べてなんだ。この家は。仮にも元老院議員の邸宅だろうが。警備の者の力、非力にも程がある。けしからん!
 おっと、そんな話をしに来たのではなかったな。今回の調査の報告を……だから、なんだその目は。そんなに不満か。それが貴様の弟のために一月半も足を棒にした者に対する礼儀だというのか! ……そうそう。わかればいいんだ。
 で、報告なんだがな……あん? そもそもなんの報告だ、だと? 何も聞かされてないというのか? 大貿易商、ザールス・カットの唯一の後継者に――坊ちゃまにあれだけの旅をさせておきながら、貴様は何も知らんというのか!
 ああ、謝らんでも良い。悪いのは貴様の弟だろう。あの、目だけがぎらぎらと偉そうな、傲慢で尊大で鼻持ちならない若造が言っておらんかったんだろうしな。
 まぁいい。初めから話してやるよ。
 いくらなんでも、ザールス様の訃報は聞き及んでおろうな。そう。二ヶ月前の『闘器商人ザールス・カットの貿易隊、南の帝国で蒸発』ってやつだ。
 あれはな、共和国史上、最大の貿易になるはずだったんだ。
帝国の闘器が共和国産の物よりも遥かに高性能だと知ったザールス様は、そこに目をつけた。同盟国を通して行われていた香辛料の貿易などではなく、もっとずっと大規模な、直接貿易を行えたはずなんだ。そうすれば共和国と帝国の間にも本格的な国交が開け、今日のような戦争状態になるはずもなかったんだが。
 何年もかけ、使者を送り、下準備はできていたんだ。今回のあの貿易を皮切りに、さらに二年かけて帝国との関係を作り上げ、坊ちゃんの成人を機に、永続的な貿易相手となさるはずだったのだ。だが……
 まぁ、いいだろう。起こってしまったものは仕方がない。貿易に危険は付き物だ。盗賊、山賊、初めての相手となれば裏切りもありえるし、エルフやドワーフ、魔物などにも襲われることもある。ザールス様も、その点は覚悟なされておったであろう。
 だがな、許せんのはドィクタトル。坊ちゃんの耳にザールス様の失踪の報が聞こえてくるや否や、奴は駆り立てるようにその手を動かしおった。
 ん、んん! おい、飲み物くらい出したらどうなんだ。