■ disorder3 共和国の貿易商 二人目 テニス・クォーラー ■

早稲 実

     1

 ず、ずずぅー……はぁ。やっぱ、これを飲まなきゃ、帰ってきた気がしねぇーよな。
 いや、別に同意を求めたわけじゃねぇから、考え込まんでもいいって。俺だって飲み始めたのは最近さ。二……三年目くらいかな? 
 だいたい、昔はこんな物がなかったからな。高くてとても手に入らなかった、って言うべきか? 蜂蜜も、それに合う茶も。五年前の値崩れ騒動だって、言ってみればザールスが引き起こしたものなんだから。
 すげぇ奴だったんだなって、今では思うよ。
 あん時は、ただ馬鹿な野郎だとしか思えなかったよ。そりゃ確かに、私腹を肥やさないやり方のお陰でレイマスの一割男になれたんだろーが、その気になりゃ、充分に富民になれただろうに。納税額によっては、議員の道だって開けただろうさ。
 ま、そりゃ、俺だって議員になりたいわけじゃねーし、ザールスだってガラじゃねぇ。だけどよ、ザールスが行方不明になったって報を聞いたときゃ、馬鹿な野郎だ、って呟いていたよ。
 いやいや。そん時どころか、今でもあいつのことが好きなわけじゃねーよ。ただよ、殺したくない野郎ではあったな。
 だからかな。ドィクタトル様がヒニアルに会いに行ったとき、ドィクタトル様の言葉には耳を疑ったよ。話合いは上手く言ったんじゃなかったのか? 憂いはなくなったんじゃなかったのかよ、ってね?
 あ? 旦那から聞いてないのか? ヒニアルが帝国に調査に行かなくちゃならなかった理由を? そう、そうそう。ま、どっちかといえば、提案だったがな。クアーの旦那が命令と言うのもわからんではないよ。
 そりゃ、クアーの旦那はカットの姓を名乗ることを許されている。なら、資産の相続だってできるさ。予想されるザールスの兄弟が起こすだろう訴訟なんかも、ドィクタトル様が握りつぶすのだって容易だ。ただ、協力するための条件が、帝国の調査ってのはな……
 親が、というより、百人隊並みのザールスの荷駄隊が消息不明になった土地に行けっていうのはな。酷だったよ。そりゃあんまりだ、って思ったね。
 思わず、口を挟もうとしたとき、ドィクタトル様はこういうんだ。
「これが一番だと思うがな。ザールスはすでに死んでいるんだから」
 言われてみりゃ、その通りだよ。ドィクタトル様からすれば、ザールスがいないカット家なんてもぬけの殻だ。資産もなければ、貿易ルートも所持していない。何もないんだからな。それでも、一つ種のヒニアルが帝国の調査という行為を成功させれば、なんらかの結果を残せれば――きっと、ザールスを支持していた作り手や売り手、荷を運んでいた警備隊も付いてくるだろうしな。そうなりゃ、ドィクタトル様が利用する価値も、ヒニアルに手を差し伸べる意味も出てくる。
 まぁ、そこまで深く納得できたわけじゃねーけどな。なんせそん時、外から不気味な気配が襲ってきたからな。いや、気配そのものは愚直だったよ。手傷を負った獣みたいな。真っ向から突っ込んでくるのはすぐにわかったよ。
 ただ、驚いたね。
 俺はすぐに気配を絶って、入り口の死角に隠れたんだぜ? なのによ、突っ込んできた旦那はよ、俺が剣を伸ばした所でピタリと止まりやがった。手に持っていた柄斧なんて、俺の胴を凪ごうとしていたしな。
 確かに腕を押し出せば、旦那の喉を突き破ることができたよ。だが、俺もただじゃすまなかっただろうな。
 ほとんど懸命に、俺は旦那の目を見据えていたよ。ぐりぐり大きなドングリ眼を。
 血走った目を見据えながら思ったよ。俺の方が上だろう。だが、こいつが死ぬつもりでかかってきたら、俺は勝てないだろうってな。

 可笑しなもんだよ。あれだけ嫌っていたザールスだったのに、気にかかったんだろうな。俺は付き添い人を申し出てたよ。気の迷いだな。ザールスどころか、ガキの面倒なんてうんざりなんだがな。
 まぁ、それでも今になってしまえば、悪い旅じゃなかったよ。
 だけどな、そん時は別よ。自分で言い出しといて、俺はいきなり後悔してたさ。帝国への調査の旅だってんだぞ? 何があるかしらねぇ、未開の土地だ。いや、向こうは向こうで開けた場所なんだろうがよ。こっちじゃ、帝国発行の地図すら手に入らねぇってのが現状だ。
 少なくとも寝泊りは野宿が基本だろうし、移動だって馬くらいが関の山だろうさ。もしかしたら歩くことにもなりかねん。面倒くさい面倒くさい。ヒニアルと旦那が馬を受け取りに来るまで待ちながら、何度もやめちまおうかと思ったがな。
 ただよ。ヒニアルのガキ。嬉しそうに館の方に向かってくるじゃねぇーか。旅慣れでもしてるのかと思えば、馬に乗るにも旦那に手伝ってもらってやがる。旦那は旦那で、俺のことばかりジロジロ睨んでやがってな。敵対視されてたよ。
 そんな奴らとの旅かぁ。
 馬に乗って、先頭に立って進みながら感じていたよ。後悔をな。
そんな風に石畳の中枢都市を囲む門を抜けると、日差しが強くなり風が乾き出す――乾季特有の爽やかな匂いなんだろうが、気持ちは沈んでたな。
耳をそばだてていたわけじゃねぇんだが、やつらのヒソヒソ声が聞こえてたな。いや、別段、声を潜めちゃいなかったか。なんでこの話に乗ったのか、とか言ってたな。
 そん時にいったヒニアルの台詞はまぁ、立派だったよ。ザールスが行方不明であることを理解した上では、ドィクタトル様の提案が最も建設的だってことを理解してやがった。……まぁ、賭けに乗る理由くらいにはなってたな。ただ、いかんせん、ガキだったがな。
 ヒニアルの小僧。言い切った後に逃げるように馬を走らせやがった。台詞の中でも、行方不明とは認めても、死んだとは信じていないようだったしな。
 ひらめいた、としか言えないな。俺は残された旦那に軽口を叩いてたよ。
「あんたには言っておくよ。あのガキが調査を放り出すようなら、殺すように言われている。当然、あんたもな」
 馬鹿馬鹿しいだろ? 行くかどうかすら悩んでいた俺が、こんなこと言ってるんだぜ。ただ、これで旦那がヒニアルを説得して逃亡する恐れはなくなった。旅を続けるために、わざわざ――普段ならぜってぇーしねぇよ。するもんか。
 けどよ、この旅を成功させなきゃ、ザールスがやってきたことなんて、なくなっちまうんだろうな。そう考えるとよ、焚きつけないわけにもいかなくてな。

 そうそう、三日目の晩だったかな。初めての野宿の時だったんだけどよ。旦那が野糞しに行ったみたいだったから、ヒニアルにも言っておいたんだよ。旅から逃げたら殺すぞってな。言わなくても良いかと思ったけど、俺自身が忘れそうだったからな。
「ふ〜ん」
 だってよ。ヒニアルのクソガキ。もう少しは怖がるなり、なんらかの反応があっても良さそうなものなのによ。焚き火の番が楽しいのか、枝に火を燃え移らせて遊んでやがったぜ。なーんか、俺が馬鹿みたいに思えたから、今度は脅す感じで言い直したんだけどよ。
「ああ、テニスさん。そのことはクアーには内緒にしておいてね。怒ると思うから」
「あ?」
「だって、僕が行けば問題ないんでしょ。なら、仲良く行こうよ」
 だってよ。なんか、俺のひらめきなんてこんなもんかって、妙に萎えたなぁ。
 ……ああ。旦那の話だったな。けどよ、俺自身がどういう経緯で旅に出たか話さないまま説明しても、よくわからんだろ? 特に、俺って人間を良く知っているおまえにゃ。
 まぁ、それもこの辺でいいだろうさ。旦那の話――さっきも言った、護衛というよりは家政婦に近いっつーこと以外の秘密を、教えてやろうか?
 旦那は一応、隠しているみたいだったがな。
 あれは、旅を始めて八日目の夜だったかな。共和国圏の傘下に入る最南端の国を朝出発して、初めて友好国以外に足を伸ばした日だったのは間違いないな。
 知っての通り、共和国圏を抜けると街道なんてありゃしねぇ。貿易商や旅人なんかが行き来するうちに草が抉れちまった、ただそれだけの道が横たわっていた。馬だからまだマシだったが、馬車で行こうもんならひでぇ揺れだろうさ。酔っちまうだろうな。道の脇では、伸び放題の草が丈の低い森のようだったよ。
 それでもな、ちょうど夕暮れに差しかかった頃に一軒、宿があったよ。位置的に、どこの国の援助を受けてるようにも思えなかったが、立派な作りだったな。浮き彫り彫刻こそ飾られちゃいなかったが、コンクリートの上にはしっかりとモルタル塗りしてから塗装してあった。
 いやいや、おまえには良くわからんかもしれんな。説明すると、レイマス中枢都市から南下するにしたがって家屋ってのは粗雑になってくんだよ。そりゃ、その国の気候に合わせた建物もあるにゃぁあるわけだが、特に準州の家なんてのはレイマスの物真似ばかりだ。しかもセメントが足りねぇのか知らんけど、コンクリートの地壁に直接塗装してあるもんばかり。雨風にやられて抉られてる建物が目に付いたもんよ。
 その点、そこの宿屋だ。築何年だか知らんが、塗装にムラがあるんだよ。いや、塗装屋が手抜きしたムラとかじゃなくてよ、剥がれたモルタルを塗りなおし、その上にまた塗装するからムラが現れる。そういう、古い家が持つ独特のムラだった。
 ただ、色彩感覚から見ても、伝統とか格式とかからは無縁だったみたいだけどな。
 つまりは、儲かってるってことだよ。料金を訊ねて納得したよ。普通の五倍近い宿泊料を吹っかけやがる。整備された街道がないとこんなもんなのか、って痛感させられたな。
「ふざけるな、貴様!」
「いや、しかしねぇ、お客さぁん。その分、酒場では飲み放題、食い放題。節制しながら旅を続ける皆様方には大変喜ばれてるんですがねぇ」
「それにしたって、高すぎるだろうが」
「いやねぇ、ここら辺は何かと物騒で。私のような宿の従業員でさえ、夜は外に出るのを憚るほどだ。なんでもねぇ、ここいらには野党がいるとかどうとか。旅慣れた商人さんたちは、みんなうちの宿に泊まってくよ」
「はん。野党を恐れて旅などできるか」
「そうはいいますが、お客さぁん。あんたは子連れでしょ」
「坊ちゃんはワシなどが親になれるお方ではないわ!」
「いやいやいや、そーいう意味じゃなくてね。いや、尚更か。大事な方のお子さんなら、危険は避けるべきでしょうが。お客さんの腕が立つのは見ればわかりますが、闇夜に足を忍ばせる、野党の夜襲。万が一が起きないとも限りません」
 旦那は情けないもんだったな。宿の狡猾そうな従業員に言われるなり、ヒニアルの方に目を向け、取り出した財布の中身に目を向け。忙しそうだった。
 俺にとっちゃ、馬鹿馬鹿しい限りだったがな。危険を回避する代償に金を払うなんて、強い奴から逃げるためにすることだろ? 不確定な誰かが怖いんなら、家から一歩も出なければいい。旅を出た時点で、そのくらいの覚悟を決めているべきだろうさ。
「なぁ、この宿はなんで襲われねぇんだ?」
 俺が一言そう呟くと、旦那は目を輝かせたよ。それから、掴みかかるようにして宿の従業員を詰問したな。
「おい。この宿はなぜ、その野党どもに襲われん。襲撃に備えた作りにも見えん。普通の小奇麗な宿だろうが。ワシなら、いつ現れるともしれん貿易商を襲うより、この宿に真っ先に目をつけるぞ?」
 旦那のドングリ眼には驚いたんだろうさ。それでも商魂かね? 従業員は空笑いしながら、宿の、酒場になっている片隅に指を差したよ。この宿に腰を下ろすと決めた貿易商たちがジョッキ片手にヤケ酒飲んでる中、一人、異様な男がいたね。
 長身で、細身の、服装のやつれた男がね。だが、眼光は鋭かった。
眉間にシワを寄せるようにして、一転をジッと睨んでやがるんだ。脇に置かれた、若干反りのある剣はヒニアルの身長くらいの刃を持つ、細いくせにやたらと長い剣だった。だが、あの男が難なく抜くだろうことくらい、酒場の誰もが連想しただろうな。それくらい、風格の漂う男だった。
「あちらに、ウェイク先生がおられますから。宿代が高いのも、実のところはウェイク先生の礼金となっているからなんですよ」
 旦那がウェイクとか呼ばれてる先生さんを値踏みしながら唸ってるとよ、従業員もだんだん調子が出てきたみたいだったな。そんな事情まで話して、旦那を丸め込もうとしてたよ。まぁ、見抜けない旦那も悪いんだが。
 確かにな。旦那とは系統が違いすぎるのは良くわかるさ。旦那は見た目通り、力でどこまでもゴリゴリ押してくタイプだからな。筋力のないものが持つ長物。そういう妖しさが計り知れないってのも、わからないではない。
 面倒だったが、もし旦那が宿に泊まるって言い出したら、俺は止めるつもりでいたよ。
 けどよ。
「いいよ、僕は野宿でも。だって、あの人がクアーより強いなんて思えないもの」
 嬉しそうだったな。そん時の旦那は。

 結局、ヒニアルのその一言で決まったよ。その日は野宿ってね。
 俺たちはそれから少し進んで程よく見つかった、小川のほとりを宿地にしたよ。旅を始めてから二度目の野宿だった。ヒニアルにとっちゃ生まれてから二度目の野宿だったんだろうがな。何ができるわけでもないことを知ってか、黙って焚き火の番をしてたよ。俺が下生えを払って寝床を作って、旦那は飯を作ってた。晩飯を食いながら旦那はしばらく件の宿のことを愚痴り、ヒニアルは愛想よく相槌を打ってたな。俺はスープを啜りながら、なんとなくそんな光景を眺めてたよ。
 寝る前に火を消したのは、念のためってやつだ。野生の獣を警戒するんなら焚き火は絶やさない方がいいんだろうが、野党が出るって土地なんだからよ。わざわざ目印を焚いておくのも馬鹿げてるだろ?
 現れた野党は、中の下といったところかな? 
 三日月が雲に隠れた時に近づいてきたことはまぁ認めてやらないでもないが、足音を消すことすらままならない連中だった。草を踏み潰す音にはまだ目を瞑るにしても、剣と鞘が漏らすガチャガチャいう音を消すことすら知らねぇようだったな。ヒニアルこそまだ寝こけてたが、旦那は気付いてただろうさ。
 五人くらいかな? その内一人が、俺の方に近づいてきたよ。なに、俺が寝てる場所が奴らに近かっただけだがな。足音だけで、そいつが俺の頭の上に立ったのが知れたよ。なんの余裕か知らんが、含み笑いを漏らしてから剣を抜いたようだったな。
「ぎゃぁ!」
 足を斬られたぐらいで悲鳴だ。やかましかったんでな、俺はそのまま跳ね起きて、そのついでに喉を撫で切ってやったよ。気道を裂かれたそいつは、悲鳴の変わりにヒューヒュー喉を鳴らしてのたうち回ってたな。
「な、何が起きてるの」
 ヒニアルが目を覚ますと、旦那も眠ったフリをやめて、柄斧を引っ掴んで構えをとった。
 ただまぁ、野党どもに覚悟が足りなさすぎたな。一人死んだと思えば、すぐさま及び腰だ。せめて、尻尾を巻いて逃げ出すぐらい徹底してれば見所もあったんだろうが、死んだ仲間を見捨てきれずにいるんだからな。
 なんだこいつら。強いぞ。先生だ。先生を呼べ。
 口々に喚き散らしてたよ。俺の足元でのた打ち回ってた馬鹿がようやく死んだ頃、その先生と呼ばれてる野郎かな? 俺らの前に出てきたよ。
 暗がりでも、背の高い細身の奴だって事ぐらいはわかったよ。それに、流れた雲から姿を現した三日月みたいに、細くて長い、反りのある長剣はな。
「……なるほど、な。テニス。坊ちゃんの守りを任せても良いか?」
 旦那が何を理解したのかはわからなかったがな。それでも、落ち着いた声色の底にある凄みは感じられたな。俺に対して向けてくるような単純な怒りじゃなくて、なんかこう、志のような物が垣間見えた。
「俺なんかに大事な坊ちゃんを預けても良いのかよ?」
「旅をしている限りは、同士なのだろう?」
 試すような口ぶりのわりに、俺には目も向けなかったな。柄斧を両手で掴んで、じりじり近づいていったよ。視線は先生って呼ばれてた奴に向けられっぱなしだったな。
 あきれたが、まぁ、もう勝負はついただろうさ。俺は両手の剣を腿の鞘に戻して、面目上、ヒニアルを背に庇う位置まで歩いていったよ。
 その間も旦那と先生さんの距離は迫っていた。野党どもは二人が醸し出す緊迫感に当てられたのか、身動き一つしねぇ。俺を除けばヒニアル一人、妙に落ち着いていたのを覚えてるよ。
 先に動いたのは、先生って呼ばれてた男だ。見事な踏み込みだったよ。得物の射程距離だけなら柄斧の方が長いからな。比較して軽い先生さんの方が動くのは定石だが、長剣の重みを利用した見事な踏み込みだった。普通なら、受けるのが精一杯だろうさ。
 だがな、旦那も踏み込んでいったよ。強引な一歩だった。柄斧の、鉄拵えの柄で受けながら足を伸ばすんだ。自ら近すぎる射程外に入っていってどうするのかと思えばよ、長剣の柄を先生さんの手ごと掴んで、捻って、腕を折っちまってた。無論そんときゃ、旦那は柄斧を捨ててたよ。体術ともいえない力技で、先生さんの腕を折っちまった。
 慌てる先生さんの右肩に左手を乗せ、顎には右手を沿え、殴りつけるような動きであっという間に首を折っちまってよ。残された野党どもは得物も捨てて、一目散に逃げ出していきやがった。
「もう安全だとは思うが、坊ちゃんをしっかりお守りしておけよ」
「あん?」
「所要があってな」
 そう言うなり、旦那は柄斧を引っ掴んで走っていっちまったよ。

 月が出てるといっても、真夜中だ。辺りが暗かったのが良かったんだろうな。ヒニアルは、たぶん殺しを見るのは初めてだったんだろうが、落ち着いていたよ。
 だが、眠れるほどではなかったんだろうよ。火を熾そうっていうから、俺は死体が目に入らない所まで移動してから焚き火を熾した。照らし出されるヒニアルの顔は、どちらかといえば悲しそうだったな。
 俺としちゃそのまま寝ちまいたかったんだけどよ。ポツポツと、な。ヒニアルが喋り出すからその話を聞いていたよ。どこかで気になっていたんだろうな。
「クアーもね、野党だったんだって。というより、山賊。
 僕の父さんの貿易隊に負けるまでは、ずいぶんと荒らしまわったんだって。あくまで、商人だけを狙ってたらしいんだけどね。
 初めはさ、ただの復讐だったんだって。若い頃は木こりだったらしいんだけど、山を丸ごと買ったとかいう商人が来て、先祖代々住んでいた山から追い出されたんだって。その商人に、数人の友人たちと逆襲したのが始まりだったみたい。そしたら、人が集まってきちゃったんだって。
 採集で生計を立てていた人、狩りをしていた人。そんな人からすれば、山は山だもん。いきなり誰かの物って言われて追い出されたら、そりゃ納得できないよね。納得できないし、生きてもいけない。
 そんな時にクアーが、商人相手に喧嘩をしたんだ。みんながクアーの下に集まってきて、一つの力になっちゃったんだ。そしてそのまま、山を占拠した。
 でもね、近くの国の軍隊が出てきて、クアーたちはその山を出るしかなかった。住み慣れた山を出て、いったいどうやって生きていけばいいのか。わからなかったクアーは商人たちへの復讐もかねて、商人の貿易隊を襲うようになったんだって。
 気が付いたら、百人近い人数で貿易隊を襲っていたそうだよ。詳しくは聞いてないけど、闘器を持つ貿易隊からも略奪ができるほどの力を持っていたそうだからね。いや、それくらいの貿易隊を襲わなきゃ、みんなの食事なんかも用意できなかったんだと思うよ。畑や町を襲ったりはしなかったらしいからさ」
 沈黙している時間が長くなったから、つい口を挟んじまったな。
「それが?」
 ヒニアルは顎を少し引いてから、続けたよ。
「我慢できなかったんだと思う。クアーは父さんに出会って、自分は変わったって言ってたから」
「昔の自分を見ているようで、か?」
「うん。たぶん、それもある」
「それも?」
「父さんに噛み付くことも多いんだ。そこに住む人たちはどうなるのです! とか言って。僕は昔のクアーを話でしか聞いたことないけど、たぶん、そこだけは父さんに出会ってからも変わってないと思うよ」
 ヒニアルは少しだけ笑って、欠伸をしてたな。話して楽になったのか知らないが、お子様にとってはお寝むの時間らしい。「もう寝ろ」っていうと、すんなり頷いたな。
「たださ、変わらないクアーが顔を出すたび、少しだけ辛いんだよね」
「自分のことを忘れられてるみたいでか?」
「うん」
 素直に答えて、ヒニアルは外套に身をくるんで眠りについたよ。

 んでよ、旦那が帰ってきた時にはもう、俺は「旦那」って呼んでたな。気味が悪いからやめろ、って何度か言われたがな。しばらくすると返事するようになってたよ。
 何でか、って? んなの、簡単だろ。おまえがドィクタトル様の出し抜こうとしないのと同じだよ。権力なんて欲しいと思うか? ――はは。だろう?
 上に立つ奴ってのは、能力によって決まるわけじゃねぇんだよ。そりゃ、最低限のものは必要かもしれんが、能力なんていらねぇんだよ。誰かに「付いて行ってもいい」って思わせる魅力と、それに見合うだけの度量だ。苦労を背負い込んでもいいという気質でもいいか。
 俺やおまえみてぇな輩は、ただ自分の力を有意義に使わせてもらえれば満足なんだよ。あ? おまえは違うってのか? まぁ、どっちでもいいけどよ。
 ただよ、少なくとも俺はそんな人間なんだよ。何かを決めろって言われてもよ、他の人間の事まで考えて物事が決められるかよ。自分のことしか考えられねぇ人間は、例えどんな能力を持っていようとそんな椅子、投げ出しちまった方が楽になれる。
 そうは思わねぇか?