■ アイザックをもう一冊…… ■

友鶴 畝傍

 V
 夜が明けた。山石田氏と織田君は再び尚武館高校の保健室にいた。両名共に折りたたみのパイプ椅子にだらしなく座っている。
「俺としちゃあ俺んちの方が近くて山道もなくてアリだったんだけどなぁ」防弾防刃の特殊ベストを脱ぎながら山石田氏がグチる。
「せんせい、それってまずくないですか。世間の評判ってのもありますし」疲れ切った声で織田君が答える。
「なに? なんで。俺独身だよ。何の問題も無いじゃない」
 織田君は、カーテンの隙間から洩れる暖かな光の中で安らかな寝息をたてている少女を見る。
「先生のじゃありませんよ。彼女の、です」
 山石田氏もベッドの上の少女を見る。
「なんだかなぁ。ちょっと冷たいぞ、今の台詞。聖職に就いてるこの俺に良からぬ評判をたてる世間なんぞあるわけないだろうが」
「もうたってますよ先生、知らないんですか?」
「あ、ひでえなぁ。そいつぁ誹謗中傷ってやつだよ。名誉毀損ものだぜ、そりゃあ」心底傷ついた、といった表情の山石田氏。
 対照的に織田君はなにやら妙に晴れやかな表情をしている。
「誹謗中傷に名誉毀損、ですか。先生、一昨日笹井さんにどんなカウンセリングしたんですか」
「う。あ。くっそ。一日で二度もやりこまれるたぁ。やるな、織田君」山石田氏も晴れやかな顔になる。もっともこちらは苦笑のスパイスが効いている。
「しかし、ま、これからだぁな」苦笑を残したまま視線を笹井さんに向ける。
「そうですね。笹井さんにとって辛いのはこれからでしょうし」
「ああ。織田君、君はいろんな意味で先輩なんだからな、そこいらへんのフォローをしっかりやらんとな」保護官予定の男が織田君を見てニヤリと笑う。
「それは先生の仕事でしょう。でもまあ、ツーマンセルは基本ですからね。出来る限りのことはさせてもらいますよ」生徒会長にして能力者も山石田氏に向き直り笑う。
「たのもしいねえ。ならば、だ、織田君。俺達の仕事始めは、あれだな」
「なんです?」
 織田君の問いに山石田氏は高らかに宣言した。
「アイザックをもう一冊買ってこよう」

■ おしまい ■